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読了した本の感想です

感想・じんかん(今村翔吾)

 

じんかん

じんかん

 

 

【書名・著者】じんかん(今村翔吾)

【感想】

 戦国時代の「悪人」として名高い松永久秀。主君である三好長慶の死に関わり、室町将軍足利義輝の殺害に関わり、東大寺大仏殿を焼き払ったとされる彼は、本当に「悪人」だったのか――。

 松永久秀の出自はよく分かっていないらしい。「じんかん」では彼の少年時代から青年時代にかなりのページを割き、「神も仏もいない、信じない」という徹底した現実主義の武将が生まれるまでを描く。「じんかん」というタイトルが示す通り、「人の間」、友や弟、恩師や主君によって、久秀の生き方は形成されていく。利己よりも利他の人である、と描かれている。これはアンソロジー「戦国の教科書」に著者が寄せた「生滅の流儀」で描いた「名を残すことを渇望する久秀」とは異なる人物像で、両者を比較しながら、共通点や相違点を探すのも楽しい。

 戦国時代が舞台だが、どうしても現代と重ねて読んでしまった。「悪人」である久秀が形成されていく様はフェイクニュースが蔓延する現状を想起させるし、自らが「善」であると信じる一向一揆は、正義感を暴走させる人々を思わせる。「善」と「悪」の立ち位置は、はっきりと二分できることの方が少ない。伝聞の情報で善悪を断じることこそ「悪」ではないか。織田信長の小姓頭である狩野又九郎は、最初は久秀を悪と思い込んでいたが、信長から久秀の生涯を聞かされ、揺れ動く。果たして久秀は「悪人」なのか。そう問いかける彼の姿に、私もまた、予断や偏見を持っている自分に気付かされた。

 貶められ、最後は敗北が決まっている「悪」に焦点を当てた物語。著者の「童の神」と同じテーマをより洗練させた一作だ。