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読了した本の感想です

感想・じんかん(今村翔吾)

 

じんかん

じんかん

 

 

【書名・著者】じんかん(今村翔吾)

【感想】

 戦国時代の「悪人」として名高い松永久秀。主君である三好長慶の死に関わり、室町将軍足利義輝の殺害に関わり、東大寺大仏殿を焼き払ったとされる彼は、本当に「悪人」だったのか――。

 松永久秀の出自はよく分かっていないらしい。「じんかん」では彼の少年時代から青年時代にかなりのページを割き、「神も仏もいない、信じない」という徹底した現実主義の武将が生まれるまでを描く。「じんかん」というタイトルが示す通り、「人の間」、友や弟、恩師や主君によって、久秀の生き方は形成されていく。利己よりも利他の人である、と描かれている。これはアンソロジー「戦国の教科書」に著者が寄せた「生滅の流儀」で描いた「名を残すことを渇望する久秀」とは異なる人物像で、両者を比較しながら、共通点や相違点を探すのも楽しい。

 戦国時代が舞台だが、どうしても現代と重ねて読んでしまった。「悪人」である久秀が形成されていく様はフェイクニュースが蔓延する現状を想起させるし、自らが「善」であると信じる一向一揆は、正義感を暴走させる人々を思わせる。「善」と「悪」の立ち位置は、はっきりと二分できることの方が少ない。伝聞の情報で善悪を断じることこそ「悪」ではないか。織田信長の小姓頭である狩野又九郎は、最初は久秀を悪と思い込んでいたが、信長から久秀の生涯を聞かされ、揺れ動く。果たして久秀は「悪人」なのか。そう問いかける彼の姿に、私もまた、予断や偏見を持っている自分に気付かされた。

 貶められ、最後は敗北が決まっている「悪」に焦点を当てた物語。著者の「童の神」と同じテーマをより洗練させた一作だ。

 

感想・約束の果て 黒と紫の国(高丘哲次)

 

約束の果て: 黒と紫の国

約束の果て: 黒と紫の国

  • 作者:高丘哲次
  • 発売日: 2020/03/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

中国を思わせる「伍州」に伝わる、「南朱列国演義」と「歴世神王拾記」という二つの書。それは二つのボーイ・ミーツ・ガールの物語でもある。二つの物語がやがて一つに収束する、という筋書きは冒頭から暗示されている。読者は二つの書を交互に読み解きながら、共通する固有名詞や関連性がある人物たちに少しずつ気付き、やがてその意味に至る。

 古代中国+ファンタジーの壮大な世界観、数字のインフレーションが甚だしい戦の描写。二つの書は進行につれて荒唐無稽さを増していき、冒頭からこのスケールを示されると戸惑うと思う。だが、それぞれのボーイ・ミーツ・ガールを起点に置くことで、読者を物語世界に誘うことに成功しているように見える。

たどり着く結末は美しく力強い。著者の「物語」に対する壮大なラブレターのように感じられる長編。

 

感想・プリズン・ドクター(岩井圭也)

 

プリズン・ドクター (幻冬舎文庫)

プリズン・ドクター (幻冬舎文庫)

 
 

プリズン(監獄)とは何を意味するのか。

北海道の千歳刑務所に勤務する駆け出しの医者是永史郎を主人公にした連作ミステリ。正確な職名は「矯正医官」といい、受刑者を診察し、医薬品の処方や応急処置などを行う。

 史郎はもちろん囚人ではない。しかし、勤務先は彼にとっても「監獄」だ。自身が希望する神経内科の経験を積むことは難しく、患者は一癖二癖もある囚人たちだ。大学時代の友人たちはそれぞれの道を歩んでキャリアを積んでいるのに、なぜ自分ばかり――。

 史郎にとってもう一つの「監獄」が家族と言える。彼は認知症を患う母・博子と二人暮らしをしている。人格の変化が進み、些細なことで怒りをまき散らす母は、もはやかつての母ではなくなってきつつある。彼女の存在が生活の重荷となることもある。けれど大切に思っているからこそ、その監獄からは抜けられない。

 二つの監獄の中で、史郎はさまざまな謎に出合う。医学と人間の心理が結びついた謎を解いていきながら、彼自身もまた自らを閉じ込める「監獄」と向き合い、考えを変えていく。

 読む前は「プリズン・ドクター」というタイトルは直接的過ぎると感じていた。けれど読了後、このタイトルが頭から離れない。「監獄の医者」は「監獄に閉じ込められた医者」も意味しているのではないか(文法的には成り立たないのでは、というツッコミを自分でしておく)。岩井圭也氏のデビュー作「永遠についての証明」も、「永遠」に複数の意味を持たせたタイトルだった。

 私たちの世界も、国も、都市も、職場も、家庭も、肉体も、心でさえ――自分の意志だけでは自由にできない場所であるという意味では――全てが監獄だ。

 私たちは誰しも監獄の中で生きていくしかない。生きる監獄を選ぶことは難しくとも、監獄の中でどう生きるかを選ぶことはできるはず。

 そう考えさせてくれる、優しさに満ちた物語だった。

 

【印象的なフレーズ】

 天井が抜けたような夏空が、果てしなく頭上に広がっている。塀の内と外は空でつながっていた。ひとつなぎの世界にあるのは隔絶ではなく、緩やかな濃淡の違いに過ぎない。