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読了した本の感想です

感想・プリズン・ドクター(岩井圭也)

 

プリズン・ドクター (幻冬舎文庫)

プリズン・ドクター (幻冬舎文庫)

 
 

プリズン(監獄)とは何を意味するのか。

北海道の千歳刑務所に勤務する駆け出しの医者是永史郎を主人公にした連作ミステリ。正確な職名は「矯正医官」といい、受刑者を診察し、医薬品の処方や応急処置などを行う。

 史郎はもちろん囚人ではない。しかし、勤務先は彼にとっても「監獄」だ。自身が希望する神経内科の経験を積むことは難しく、患者は一癖二癖もある囚人たちだ。大学時代の友人たちはそれぞれの道を歩んでキャリアを積んでいるのに、なぜ自分ばかり――。

 史郎にとってもう一つの「監獄」が家族と言える。彼は認知症を患う母・博子と二人暮らしをしている。人格の変化が進み、些細なことで怒りをまき散らす母は、もはやかつての母ではなくなってきつつある。彼女の存在が生活の重荷となることもある。けれど大切に思っているからこそ、その監獄からは抜けられない。

 二つの監獄の中で、史郎はさまざまな謎に出合う。医学と人間の心理が結びついた謎を解いていきながら、彼自身もまた自らを閉じ込める「監獄」と向き合い、考えを変えていく。

 読む前は「プリズン・ドクター」というタイトルは直接的過ぎると感じていた。けれど読了後、このタイトルが頭から離れない。「監獄の医者」は「監獄に閉じ込められた医者」も意味しているのではないか(文法的には成り立たないのでは、というツッコミを自分でしておく)。岩井圭也氏のデビュー作「永遠についての証明」も、「永遠」に複数の意味を持たせたタイトルだった。

 私たちの世界も、国も、都市も、職場も、家庭も、肉体も、心でさえ――自分の意志だけでは自由にできない場所であるという意味では――全てが監獄だ。

 私たちは誰しも監獄の中で生きていくしかない。生きる監獄を選ぶことは難しくとも、監獄の中でどう生きるかを選ぶことはできるはず。

 そう考えさせてくれる、優しさに満ちた物語だった。

 

【印象的なフレーズ】

 天井が抜けたような夏空が、果てしなく頭上に広がっている。塀の内と外は空でつながっていた。ひとつなぎの世界にあるのは隔絶ではなく、緩やかな濃淡の違いに過ぎない。